●ホームページ管理人交替のお知らせ

例年より半月ほど遅い降雪になった。

除雪機の点検と思われるエンジン音が近所から聞こえて来る。

なるべくなら多くの稼働にならなければ良いのだが・・・と願う。                    

 

いよいよ今年の最終月に入る。

振り返ると一年もアッという間に過ぎてしまって、もう年賀状作成の時期だ。

 

 

鳥海前ノ沢太鼓保存会のホームページも、開設から今年で満8年を経過しました。

これまで私管理人が何とか継続させて来られたのも、みなさんのご協力のお陰と、心より感謝申し上げます。

これまでのブログ内容を見ても、大した題材もなく、あらためて視野の狭さを感じているところであります。

これ以上、同一者が「記事」を書き続けるのは、さすがに限界を感じております。

つきましては、新たにこのホームページの「管理人」として、同じ前ノ沢町内より2名選出させていただきました。

今後も新管理人が、このホームページから様々な情報を発信してくれるものと確信しております。

どうぞこれまで以上のご協力とご指導を宜しくお願い申し上げます。

私も一端ここから離れますが、また折に触れて参加させていただきたいと思っております。

長い間おつきあいいただき、誠にありがとうございました。

ちょっと早いですが、来る新年が皆様にとりましてよい年となるよう、お祈りいたします。

どうぞ、良いお年をお迎え下さい。

本日が最後の管理人でした。

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☃老人たちのクリスマス

そろそろ天気予報に雪マークが出始めて来た。

いよいよ降雪も近いかも知れない。

雪国ならではの「備え」が色々必要だ。

「車」ひとつをとっても、スタッドレスタイヤ、冬用ワイパーなどを装着し雪対策するが、雪道の運転テクニックも「カギ」となる。

 

前回は少々恥ずかしい内容になってしまい、ブログ公開の後若干後悔した。

 

もう一ヶ月少々で今年2015年が終わるが、太鼓演奏活動は年々下火になっている。

正直、もうひと花は咲かせたいのだが・・・。

もうひと花とは、このチームで出来る新たな曲を作る事を意味する。

頭で考えた構想と、実際に演奏で聞く音がイメージと大きくかけ離れるなどは、よくある話で、少しは曲作りの多難さを理解しているつもりだ。

メンバーの年齢層、経験年数、技量などの考慮も重要なポイントになる。

そして何を「表現」したいか?が曲のテーマになる訳だが、

大方はその地域の自然(山・川・風景など)だったりする。

しかし「ドン」と「カッ」しか出ない太鼓で、山や川をどう表現するのか?

しかも、ただの山や川ではない。

「・・・山」、「・・・川」など名前がついている。

それはそれは難しいテーマとなるのである。

 

こうした場合、歌は有利だ。

「・・・山」、「・・・・川」と歌詞に入れれば歌詞を間違えない限り伝わる。

それはともかくとして自然の表現は厳しいので、ならば一体なんだ?

てな事を思うと、前に進まないのである。 

 

この季節どこへ行ってもクリスマスツリーが飾られて、クリスマスソングが流れている。

子供がいるとこうしたイベントも一気に盛り上がるが、年老いた両親と還暦にあと一歩と迫った夫婦だけの家族の場合、会話らしき会話もなく、「あっちが痛いの、こっちが痛いの」と全く盛り上がらない・・・・・・・・・・。

周りをうかがっても、こんな家庭が結構多いが、どんな感じなんでしょうかね。

せめてツリーでもと、とりあえず飾ってみた。

■写真はハロウィンは終わったが、我が家のかぼちゃと全く無関係なクリスマスツリー

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♥40年前にもあったスマホに替わるものとは・・・

11月後半に入ろうという所だが、穏やかさを感じる今日この頃である。               

 

スマートフォンの売れ行きが好調のようで、各パーツメーカーなどは右肩上がりの実績らしい。

残念ながら管理人はまだ昔ながらの携帯を使用中だ。残念と表現したが、今の自分にとってそれ程の必要性と価値観はない。

それにしても携帯電話がこれほどまでに普及し、その性能は静止画・動画・インターネット・TV電話等々、驚くべき進化を遂げている。

現実的な話、携帯がなかった頃はこれにかかる費用はゼロ円だった。

それが今はどうだろう?

一世帯4人家族としてもほぼ全員が持ち、

スマートフォンならば一ヶ月一人1万円近いのではないだろうか?

省みれば家計の支出、NO1になっている??かも知れない。                                       

それで何を得られるのだろう?

情報取得とコミニュケーション・・・?、当然仕事で使用している方も多い事と思う。         

 

さて、今回の話題は「携帯電話」ではない。

「文通」という今の若い人達には、何それ?的な事を書いてみたい。

我々世代の若い(中学・高校時代)頃は、この文通こそが見ず知らずの人と文章で会話ができる、今のスマートフォンのような存在だったかも知れない。

中学一年の頃同クラスの女子から、ある男性アイドル歌手のポスターとかあったら譲ってくれるよう頼まれた。

たまたまあったので、その子に渡した。

別にただそれだけの事だったが、半月ほど経ったある日、突然見知らぬ人から手紙が届いた。

住所は九州の福岡県で、女子名だった。

何事だろう?と恐る恐る開封し見てみた。

封筒といい、便せんといい、女の子らしいかわいいものだった。

内容は自己紹介と、アイドル歌手のポスターをもらった事へのお礼、そしてもし良かったら文通して欲しい・・・・だった。

何も知らなかった自分は、早速クラスの子に確認したら、そういう事なのだと知らされた。

相手の子は、自分と同じ年だった。

中学一年にしては、大人びた文章構成、きれいな文字、便せんの使い方など・・・・、どれをとっても文通にかなり慣れている人だと思った。

別に迷う事もなく自分も文通に興味もあったし、相手の女子にも興味があった(どんな子だろう?文章から判断して、かなり頭のいい子だと思った)ので、とりあえず自己紹介と、文通しましょうと、返信した。

それから何と!!!、この子との文通は10年近くも続く。

中学・高校・社会人になってからも・・。

楽しかったですね~。

話題は尽きなかった。月に3回はやりとりをしていたように思う。

学生の頃は、たわいのない話が多かったが、部活や互いの好きな子の事とか、本当に感じるままに何でも話したし、話してくれた。

進学・就職なども随分真剣に語り合ったものだった。

自分の場合、農家なので遠い所へは就職出来ない・・・、こんな内容に対し、両親家族思いの優しい人などと(イヤイヤ??照れくさいコト)言ってくれた。

そうこうしているうち高校3年くらいで、互いに引かれ合っている事に気づく・・・・。

それは男女としての好意で、あからさまではなく、そういうニュアンスの言葉で表現し合った。

一度写真を送ってもらった。

怒られるかも知れないが、字のきれいな子は、あまりかわいい子がいないなどとそんな噂が流行していた中、この子は可愛かった。その写真は今も持っている。

自分の写真も要求されたが、何がって??、恥ずかしくて送れなかった。

でも同クラスの子から色々聞いていたようで、悪くはない印象のようだった。

この同クラスの女子とは、3年位で文通をやめたらしい。

こうして互いに高卒で就職し、今度は職場の様々な話題に切り替わって行った。

 

 

社会人になってからは、一度は東京あたりで会いたいと何度も思った。だが勇気がなく、言い出せなかった。

そして彼女から伝えられて来る内容は、今でも超一流食品メーカーに就職した経緯もあって、長期休暇(ゴールデンウィークなど)で行った海外旅行の話題などが多くなった。

当時の海外旅行は、本当に凄い事である。

かたや自分は、ゴールデンウィークなどなかったし、週休2日制でもなかった。

まして海外旅行・・・・???。

夢のまた夢だった。

大きく違いすぎる環境に段々ついて行けなくなり、「所詮住む世界が違うのかな~」という思いが強くなって行った。

ついには、彼女からの手紙に返す言葉が見つからなくなり、返事できなくなってしまった。

それでも送られて来る手紙には、どうした?何かあった?と心配の内容で一杯だった。

さすがにそれには、何でもない・・、仕事が忙しくて・・と返事したが、それが彼女への最後の手紙となった。                                             

 

その後彼女から一方通行の手紙が何通か届いたが、

いよいよ最後となった手紙に、大きな衝撃を受けた。

内容は、自分の事を心配している・・・、何かあったのなら伝えて欲しい・・、何があっても返事を待っていると・・・・。

そして、便せんではなく封筒の差し出し人側(裏)に、いつもの住所ではなく彼女の名前と、

「これに乗ってあなたのところへ行きたい・・・」と書いてあった。

郵便配達人が見ようと思えば見られる箇所に堂々と・・。

おそらく、これまで出した返事のない手紙は私が見ていない!と察したのかも知れない。

私には思いもつかない箇所への記入と、その勇気!!。                     

 

自分がついて行けないと感じた「住む世界が違う」などの思いは明らかに「ねたみ」だ。

返事のない手紙にさえも手を差し延べてくれた彼女の「やさしい心」に、自分の最低レベルの人間性がキズをつけてしまった・・・・。

この結末にはとても後悔しているし、できる事なら謝りたいと思っている・・・。   

 

 

「文通」をしたのは、後にも先にも彼女一人だけだ。

それまで文章を書いたりするのはとても苦手だった。

圧倒的なハイレベルの文章構成や言葉の選択、表現力など・・・彼女からは多くを学ばせてもらった。

今でも下手くそな文章ではあるが、彼女との10年がそのレベルを上げてくれたと感謝している。

こうして書いている文面の節々にも、無意識のうちに彼女のテクニックが使われているのに今更ながら気づく・・・・。

 

ニュースや旅番組などで「福岡」の地名が出てくると、よく彼女を思い出す。

どこかで今も元気に幸せに暮らしていて欲しいと心から願っている。

10年で彼女から頂いた手紙は、段ボール箱一杯になるほどだ。

こんな自分のために書いてくれてありがとう!。

新鮮で甘くほろ苦い、グレープフルーツのような思い出である。

 

もし、あの時もう少し自分が大人だったらキズつける事もなかったかも知れない。

さらには、違った人生があったとしたら・・・・。

彼女が私と一緒に太鼓メンバーで、婦人会で踊りを踊っていたかも・・・。

なんちゃって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

誰にもこのような思い出は、ごく普通にあると思う。

もちろん私の女房にも、あなたの奥様にもheart(o^-^o)heart

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●お獅子様の年末年始

降雪前の晴天か、11月中旬にしてはかなり良い天気だ。

この地区の周りを見ると、各家や小屋など冬囲いも終わった。

先日8日、直根神社・町内会館の冬囲いと番楽講中の、本年度最終行事となる「幕納め」が行われた。

町内会館はともかく、神社は特殊で大きな建物なので、一般家屋のような冬囲いではない。

「ほげ」(こちらの方言)と呼ばれる長い木を何本も組み合わせ、茅を編んだ簾(す)、ブルーシートなど、一般家屋では使わない材料を使う。特に、廃材利用のトタン屋根を使うのが、ここの大きな特徴だ。取り扱いや組み立てはとても面倒だが、防雪や強度はかなりのものと思う。これらの一連冬囲い作業は、毎年慣れている「前ノ沢町内」のみなさんだから短時間で終えられるが、あの材料をただ渡されても、そう簡単にはできないと思う。

一端雪に閉ざされると、冬場は新年の初詣に訪れる町内のみなさん位しか入る人はいない。

降雪量によっては、春まで2~3回程度の除雪作業がある。

こうした直根神社を取り巻く作業は、前ノ沢町内のみなさんで行うが、当地に建立されている事への愛着心や信仰心の強さを感じる。                              

 

冬囲いを終えた神社の中で、今年最後の獅子舞で「幕納め」とした。

この時点から、一切獅子舞番楽に関する事は幕開きまで行わない。例えば太鼓の音や笛の音なども出してはいけない。

前ノ沢町内の守り神「お獅子様」は、これからお年越しなどを迎え、年明けの1日には「幕開き」が行われるが、それまでの、しばしお休みに入られる。

*紅葉

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●前ノ沢集落のシンボル

11月も中旬に入った。

もはや秋の深まりを越え、一気に冬に向かっているように思える今日この頃。

 

前ノ沢集落には、現在大きな建物が5つある。

①直根神社 ②正重寺 ③直根診療所 ④法体荘 ⑤鳥海精機製作所

これらは直根地区の中心に位置する「前ノ沢集落」の大きなシンボルだと私は思っている。

30年程昔なら「母子センター」という建物もあったし、公民館もこの地域にあった。

この中で旅館・仕出し・スナックなどを経営していた④の建物が解体される事となった。

営業を行わないようになってからもう、かなりの年月が経過している。

私の知る限り、亡くなられた経営者のご主人、魚屋・写真館・食堂・旅館・仕出し・スナックなど、経営の幅をどんどん拡大し、成功された方と思う。

こんな小さな集落にその建物と名声は、大きな誇りと思った。

各種宴会などでも利用し、特にスナックはレーザーカラオケが装備され(当時では最先端)、最新曲が多いからと、遠くから訪れるファンも多かった。

私達世代にとっては、子供の頃から慣れ親しんだ大きな存在だ。

また、ちょうど青年期を迎えた頃に開店したスナックは、青春の第一ページと言っても過言ではない。

大切な思い出として残るが、その建物がなくなってしまうのは、とても寂しい限りだ。

そのスナックにあったレーザーカラオケディスクを見せてもらった。

懐かしい曲がズラリと並ぶ。

ディスクのあちらこちらにキズとカビが見えた。

使わなくなってからの長い年数を感じた。

この曲をどれだけの人が歌い、時には騒ぎ盛り上がり、また時には涙もあったのではないだろうか?。

小さな小さな集落にあった大きな思い出を大切にしていきたい。

*この景色もそう長くは続かず、間もなく真っ白に変わって行くだろう。

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♫和太鼓とビッグバンドジャズの公演

10月24日、美郷町南体育館において「菖蒲太鼓保存会30周年記念公演」と「みんジャズ!」(みんなのジャズ・みさとでジャズ・みらいへジャズ!)公演が行われた。

会場に入ると、いきなり現れた大規模な音響群と照明・・。

同じ会場で太鼓の演奏と、ビッグバンドジャズの演奏が行われる事を理解していなかった私は、太鼓だけのステージにしては、随分大掛かりな設備体制に、かなりビックリした。

少しはバンドや太鼓のステージを経験しているので、こういう規模に対してはわかるつもりである。

入場の際プログラムが2枚渡されたが、それでもわからなかった自分が恥ずかしい・・。

 

さて、菖蒲太鼓さんは結成30周年という事で、県内はもとより、全国規模で活躍している県内でもトップクラスの和太鼓団体である。

和太鼓愛好者ならば、知らない人はいないと思う。

講習会などでは講師を務める方が何人もいる。

その中の一人、秋田県講習会で一緒の部屋に泊まった事のある、当時小学校5年生の少年がいる。

そこ子が今ではトップレベルの団体で、リーダー的立場に大きく成長しており、それがとてもうれしい。

今も会うと必ず挨拶してくれる。

ダイナミックかつパワフルな太鼓演奏とは想像もつかない位、どこか控えめで恥ずかしげな対応は、とても可愛い(もう立派な青年なのにこんな表現で申し訳ない)。きっと将来は間違いなくあの団体を牽引して行くと、期待している。                        

 

美郷町のジャズは有名だ。

様々なイベントに出演しており、「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」にも何回も出演している。

楽器経験者と音楽好きなみなさんが多いのでしょうね。

こうしたイベントが「無料」で見られる・・・。

一体資金はどこから捻出されるのか??。

それが妙に気になった管理人だった。                                

 

バンドにも所属する管理人なので、もちろんジャズも生演奏はとても好きです。しかしHPは和太鼓なので、これに対してはコメントは控えます。というか、止まらなくなるので・・・。

菖蒲太鼓保存会さんには、私達の20周年公演にお越しいただき、素晴らしい演奏を披露してもらいました。

奏者が何人いても1打がばらけない奏法は、私達の目指すところです。

とても追いつけなどしない遠い存在の団体さんではありますが、音楽性など共通する所が多々あり、いつまでもお手本とさせていただきたいと思います。

*プログラム

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♣2015前ノ沢行事「大反省会」

番楽の「民俗芸能大会」があった10月17日、春・秋の祭典、盆踊りなど前ノ沢行事一連の反省会があった。

天候不順により、若干遅れていた稲刈りもこの地域はすべて終了した。

農作業の締めくくりも含めた「町内のみなさん、大変お疲れ様会」のようなものである。

各団体が(若衆・婦人会・番楽講中・盆踊り実行委員会など)それぞれ資金を出し合って、会費は無料だ。

買い出し班が調達した総菜や「鍋」料理など、特に鍋はスッポン鍋と塩野菜鍋で、2種類準備された。スッポン鍋は管理人も初めていただいた。                       

 

大画面プロジェクターに各行事が流され、和やかな雰囲気の中時が流れて行った。

こうした機材は個人の持ち物だ。

お願いして借りたのではなく、それぞれ自分の得意分野のものを快く提供してくれる。管理人はカラオケと音響担当である。当然の事ながら、依頼されている訳ではない。

先に紹介した「鍋」も料理を得意とする方の提案だと思われる。

由利本荘市民族芸能大会ブログでも触れたが、楽しんでもらう為のアイディア、会を盛り上げる為のアイディアなど、裏でがんばる人達には本当に頭が下がる。

今回のようにオードブルなどではない場合、鍋を料理する人も必要だ。

準備・後片付けなど、みんなが協力しないと出来ない。

担当を決めている訳でもないのに、本当にみんな良くがんばると思う。

会の途中では、全く予想していなかった「ゲーム」が飛び出し、みんなが笑いの渦に巻き込まれた。これを仕切るのも大変だ。何せ、相手はテンション上がりまくりの酔っぱらい集団なのだから。

こうして大盛り上がりの秋の夜は更け、日付が変更された頃やっと終演が訪れた。

 

太鼓の話題が最近ほとんどない、祭りと宴会内容が多くを占めている当HPだが、それが「前ノ沢」という集落だ。

が、今後はもう少し自然や周囲を見つめた話題を提供していきたいと思う。

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◆第8回由利本荘市民族芸能大会

10月17日、大内農村環境改善センターに於いて第8回由利本荘市民族芸能大会が行われた。

当イベントには、4年前に続き2回目の出演となった私達「前ノ沢講中」。

本番わずか4日前に予定していた2演目のうち、1演目が披露出来ない状況となり、演目変更せざるを得ない事態となった。プログラムやポスターもすでに出来上がっていたが、舞手の親戚の不幸というどうする事も出来ない事情だった。

急遽替わりの演目をみんなで検討し練習に入った。急な事とは言え、全く心の準備さえ出来ていなかっただろう代役の二人も、練習に入ると細かい動作の確認など、真剣な表情に変わって行った。

出番が6団体中1番だった。芸能開催前の大会挨拶の段階から、ステージでスタンバイしていたので、思いの外待ち時間が長かった。ステージにはなぜか、あのとても危険な「すずめバチ」が一匹・・・・・。誰も被害に合わなくて本当に良かった。

2演目連続だったので、拍子隊は予想外に疲れた。                        

 

いつでもそうだが、ステージに上がるメンバーだけで成り立っている訳ではない。陰でのサポートがとても重要だ。衣装の着付けや小道具の準備、後片付けなどこうしたメンバーがいるからこそ、舞手は安心して集中出来ると思う。

良くできた・・・、失敗した・・・、など出来映え評価もとても大切だが、こうしたメンバー同士の「つながり」無くしては絶対うまくいかないと感じる。

今年の番楽公演は、おそらく今回で最後となると思うが、この後町内では「膜納め」があり、今年一年の番楽行事を締めくくる。

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☁中毒??

少しは願いが御天道様に届いたのか?秋らしい天気が戻って来たように思う。

もうほとんど稲刈りも終わり、田圃に残る稲はほんのわずかとなった。

春4月中旬の種蒔きから始まり、10月前半の稲刈りまで、わずか半年ではあるが、されど半年で、農家のみなさんの管理と作業は大変なものである。刈り入れが終わると田圃はすっきりするが、どこか寂しさを感じる・・・。

10月も半ばを過ぎ、春からの一連行事の「大反省会」が計画された。

他地域の方にその話をすると、「いや~ホント次から次へとよくあるな~」と言われる。

確かにその通りである。

当の私達だが、様々な祭典行事や太鼓・番楽など練習を含めるとみんなと顔を合わせる機会がかなり多い。しかし、これが当たり前だと思っているので、例えば数週間何の集まりもないと、一年も会っていないような感覚に陥るのは、私だけだろうか?。ふと、何か集まれる理由はないものだろうか?とさえ思ったりする。

これもこういう環境下で暮らして来た一種の「中毒」??かも知れない・・・・。            

 

 

*写真は去年の第29回国民文化祭・あきた2014太鼓の祭典(会場あきたふるさと村)での一コマです。当日は館内撮影できなかった為、本番前のみなさんのやや硬い表情です。

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■目の覚めるような秋晴れが欲しい

夏場に降らなかった雨が一気に集中したかのような天気が続いている。

年間降雨量も平均を上回ったのではないだろうか?。

最近めっきり寒くなり、夜はストーブがないと厳しい日もある。

 

 

ここ鳥海では、この後「紅葉まつり」などの行事が控えている。

広大な法体の滝と紅葉を見ながら深まりゆく「秋」に接する・・・・・。

当地前ノ沢からは車で20分程の距離だが、中々足が向かない。

いつでも行けると思っているせいか?それとも山々に囲まれ生活しているせいか?

私の場合の理由は後者かも知れない・・。

それはそれとして、もうすぐ雪の季節を迎えようとしている当地にとって、もう少し天気の良い日を恵んで欲しいと思う。

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