■虫追い2017

当地区では「虫追い」と言うが、地域によっては「虫送り」と言う所もある。

どちらも同じ意味合いで、稲に被害を与える「虫」を追い払う。

かつては日本全国で行われていたようだが、現在では衰退し、わずかな地域がこの伝統行事を守っている。

鳥海地域の虫追いは、田んぼで獅子を舞い、追い払う。

この行事を現在も伝承し、毎年行っているのは、ほんの2~3地域だけのようだ。

田んぼを練り歩く様は、モノクロ写真から出てきたように、風情がある。

暑い最中の行事で大変ではあるが、今後につなげて行きたい。

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●火の用心、してください!

7月中旬に入り、夏休みを目前に控えた子供達。いいですねえ~。

秋田の夏は気温が上がってもカラッとしていて、朝夕になるとかなり涼しさを感じる。

しかし、都会や南の地方だと、ジメッとしている上に、夜になっても気温がなかなか下がらない。多少なりとも経験したので、そう感じる。

四季の中で「夏」は好きな季節だが、これはやはり秋田の夏なら好きだという事と思う。       

 

川はすっかり洪水対策で整備され、泳ぐ事など到底できない。

また農業水路もU字溝が入り、ドジョウなどが生きて行ける条件ではなくなった。

今年何回か「蛍」を見かけたが、数匹だけで、それでもがんばって生きている彼らを応援したくなる。

周りが田んぼと山だけの見慣れた風景だが、少しづつ何かが変化しているのだろうと最近思うようになった。                                             

 

私達が小学校時代の夏休み風物詩と言えば「火の用心」周りだった。

遊んでいても夕方には集まり、集落内を拍子木を鳴らし練り歩く。

これが終われば全員帰宅するので、集団帰宅のようなものだったし、みんなが安全に一日を過ごしたという証だった。

大きな集落だと子供の足では周りきれない距離になるので、こぢんまりとした前ノ沢集落だからこそ出来た「火の用心」活動だったと思う。

いつの頃から始めたのか定かではないが、ずっと引き継がれて行き、後に何回か表彰を受けている。

「火の用心、して下さい。マッチ一本火事の元。とうさん、たばこに気をつけよう!、かあさん、かまどに気をつけよう!消防第一、僕らは第二」

夕方になれば、子供達のこの声が集落中に響き渡った。

現在では、「たばこ」を吸うとうさんもほとんどいないし、「マッチで火をつける」など珍しい事。

かあさんは「かまど」でごはんを炊いたりはしない。

時代を感じさせるが、この声が聞けなくなってから、何年経つのだろう?

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▲岩城旧藩祭と、由利本荘市消防訓練大会

7月9日、この小さな集落を二分して行事が行われた。

●岩城旧藩祭「前ノ沢番楽講中」出演

●由利本荘市消防訓練大会 鳥海町の大会を制した当地域分団出場

どちらも「岩城町」での開催で、これもまた奇遇である。

当日は今季一番の暑さの中、どちらも野外開催で、熱中症などを警戒しながらの行事となった。

予想以上の太陽の照りつけに、若干とまどいながらも、番楽は最初のステージで神舞を舞った。終わった後、スタッフの方から「氷水」の差し入れがあり、一同生き返った思いだった。

番楽2ステージ目は天鷺城前広場で、神舞と鳥舞の二演目。

アスファルトの上にゴザを一枚敷いただけだったので、舞手は足袋を履いているとは言え、アスファルトの熱に軽傷ではあったが、「やけど」を負ってしまうアクシデントがあった。

遅めの昼食を取りながら、やはり別会場での消防大会が気になる。電話やメールで聞いてみるが、なかなか返答がなかった。

ほどなくして「優勝」のメールが届き、番楽関係者一同歓声に沸きかえった。

由利本荘市大会で「小型ポンプ操法」1位を獲得。

また、個人に贈られるMVP賞には「指揮者」と「2番員」が選ばれた。

次の大会は、にかほ市と由利本荘市のトップが戦う。これを勝ち上がれば悲願の県大会出場権が手に入る。3年前は、ここで敗退しており、何としても雪辱を果たしたいところだ。

この大会は、にかほ市で行われるが、当日同じくにかほ市で「日本海に響け!太鼓の祭典」に私達保存会が出演する。またしても二分しての行事となる。

思えば私が現役だった、今から15・6年前、町の大会では常連下位分団だった。県大会など見たってどうしようもない!そんな雰囲気だったが、関心の深そうな2人に、県大会のビデオ撮影に行ってもらった。

それを見ながら熱く語る姿こそ、今日の第一歩だった気がする。是非とも夢のステージに立つ彼らを拝見したいものだ。

番楽講中はこの後、盆行事や8月16日の「鳥海獅子まつり」、そして番楽舞がメインとなる「作祭り」の練習に入って行く。

暑さの中だが、太鼓保存会・番楽講中・消防団員、みんな健康で乗り切れるよう、祈る!

 

 

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◆たなばたさま

集中豪雨で被害のあった九州のみなさん、心よりお見舞申し上げます。

TVから映し出される映像は、こんな事って本当にあるんだ!と信じられない位です。

まだ九州地方へ伺った事はありませんが、遠く秋田より平穏な生活に一日も早く戻られるよう、お祈りいたします。

 

さて、7月7日は「七夕」です。伝説の物語は説明するまでもありませんが、

働き者だった男女が、結婚を機に楽しすぎて働かなくなってしまった事を神様が怒り、

引き離しました。

しかしあまりにも悲しそうにしているのを見かねた神様は、

一年に一度だけ会う事を許しました。

というように、引き離された理由が「働かなくなった」からなのだそうです。

綺麗な伝説物語だと思っていたのですが、意外に現実的なお話です。

「たなばたさま」はあまりにも有名な「七夕」の唄です。

♪ささの葉  さらさら

のきばに揺れる  お星様キラキラ 金銀すなご

♪五色の短冊  私が書いた

お星様キラキラ  空から見てる

これだけの歌詞ですが、                                                     

意味がわかりそうでわからない。が私の本音です。

①「のきば」とは?

②「すなご」とは?

③「空から見てる」誰が見ているのか?

勝手に作者不詳とか、かなり昔からの唄だろうと思い込んでいたのですが、意外にも昭和16年頃で、そんなに古い訳でもなく、作詞・作曲者もはっきりしている。

①のきばは、屋根の庇(ひさし)。

②すなごは、金箔や銀箔を細かい粉にしたもの。

③誰が見ている?はよくわからない。

*短冊を飾った笹の葉が夏の夜風で、さらさらと揺れる様子を、家の縁側から見ています。空を見上げると満天の星が砂子のようにきれいです。

*五色の短冊には、期待を込めて願い事をわたしが書きました。

「キラキラ星も空からみています」←これは全く私の解釈で、本当はどうなのか?わかりません。

いずれ、子供達が唄うのはとても可愛いですね。

今夜は天気もいいし、一年ぶりのデートを十分楽しんで欲しいです。

ちなみに、この日の為に離された二人は、一生懸命仕事をしているそうです。

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◎「優勝」おめでとう!!!

7月の前ノ沢行事のトップは「由利本荘市消防団鳥海支団消防訓練大会」だった。早速幸先良く、最高の結果を出してくれた。

「規律訓練」と「消防操法」に分かれて審査されるが、「規律訓練」は町の大会のみで、市の大会以上では適用されない。

町の大会と言えども、十数団体の争いとなり、優勝したチームのみが「由利本荘市の大会」へと駒を進める。

私も過去27年、消防団員として務めさせてもらった。

「消防操法」は、規律・早さ・技を競い、人間ではあるが、機械のように正確な動作が要求される。1秒を争っての競技は、0.5秒たりとも無駄な動作やミスは敗者になってしまう事も多いのだ。

大会となれば想像以上の緊張感が襲ってくる。

ステージ上で行う演奏などは、客席とのラインがあるが、消防大会は、競技の邪魔にならない範囲であれば360度、あらゆる所から見る事が出来るので、応援する人、サポートする人など、大勢のみなさんが見ている。

チーム競技だが、競技者にマンツーマンで審査官が付き、減点法での審査である。

それは正に、スポーツ大会そのものだ。                                

 

私が団員だった頃は、「この大会を制したい!」などの思いは、夢のまた夢だった。

同じ人間が競技しているのに、なぜこんなにも違いがあるのか?何が違うのか?

解析する必要性を後輩達に投げかけ、退団した。

こうして花開いたのは、彼らの長年の努力の賜だ。素晴らしい!!。

 

太鼓保存会も番楽講中も、さらなる前進を目指すには、何をしなければならないのか?しっかり考えて努力と行動を起こさないと結果もついて来ない!彼らには改めてこの事を学んだ気がした。

次の大会も、あと一週間後・・・・・、「健闘を祈る!」

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■7月の前ノ沢行事

本日をもって、2017年の前期が終了する。

例年になく、鳥海山の残雪が多く、いかに気温が上がっていないか?を意味する。

稲の生育状況にも影響が出ているようで、早期の天候回復に期待したい。

寒いという言葉からは遠ざかっていい時期なのだが、朝夕は本当に寒い!!。

 

明日から今年の後半、最初の7月がスタートする。前ノ沢町内の行事を並べてみる。

★7月2日(日) 由利本荘市鳥海支団消防訓練大会

*当町内からは分団長をはじめ、消防操法指揮者や、優秀な団員が参加する。近年、優勝を含め、成績はトップクラスに入るようになり、さらなる活躍が期待される。この消防大会は、いつも思うが、鳥海十数分団より勝ち上がらなければならない狭き門だ。

★7月9日(日) 岩城旧藩祭(亀田熊野神社祭典)

*本海獅子舞番楽「前ノ沢講中」出演。4年前に当保存会も出演させていただき、大変お世話になりました。ほぼ同じメンバーが番楽もやっているとは、思っていないかも知れませんね。番楽は「神舞」と「鳥舞」を予定している。

★7月15日(土) 虫追い

*古くから伝えられている行事で、獅子舞によって、稲の病害虫退治を目的とする。集落上から下方向へ、それぞれの場所(田圃を前に)で獅子を舞い、合計7回を数える。時期的に暑さとの戦いもあり、過酷な行事である。一見、迷信では?と思うかも知れないが、防虫剤などなかった昔は、太鼓や笛の音を出す事により、虫は一端逃げたのでは?と思われる。

★7月29日(土) 日本海に響け!太鼓の祭典(にかほ市)

*当保存会出場。オリジナル曲「清明の鳥海」を演奏する。当日は各地で行事が多く、「行事お祭り激戦日」である。お盆を前にして、ゆっくり過ごせる最後の休日ではないだろうか?。思えば太鼓保存会を結成し、人様の前で初めて演奏したのが、このステージだった。あれから23年・・・・。順調に年を重ね、保育園児だった息子・娘は結婚。そして子供が生まれ、じいさん・ばあさんに昇格したメンバーも少なくない。でも、こうして太鼓演奏する「じいじ」や「ばあば」はきっと輝いて見えるに違いない。

以上のように、7月はほぼ毎週のように行事がある。私事ではあるが、7月22日(土)、某施設の夏祭りに依頼され、所属バンドが出演する。

こうして7月はあっという間に過ぎてしまい、お盆を迎えることになる。

お盆は町内行事が集中する。

各団体のみなさん、町内のみなさん、健康に留意し、がんばって行きましょう!

*写真は4年前の岩城旧藩祭のものです。

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★スナックJuJu仙台店にて

今日は、久々にこのブログに入ってみようと思った。

実に1年7ヶ月ぶりだ。操作方法も忘れかけている・・・。

この間、新管理人が更新した「記事」は13。

記事が多ければ良いというものではないが、もう少しがんばって欲しい。

 

 

さて、タイトルは「スナックJuJu仙台店にて」であるが、興味のない人にとっては、

全く意味不明と察する。

JuJuは名前で、J-POPからジャズまで幅広くこなす女性歌手兼作詞家だ。

音楽大好き人間の私は、今年1月からチケットを予約し、待ちに待った6月24日を

迎えたのだった。

会場は仙台市の「ゼビオアリーナ」。4,000人収容の客席はすべて

埋まった他に、立ち見席まで完売という状況だった。

 

JuJuさん個人のヒット曲も数知れないが、「カバー曲」(ほかの人の唄を歌う)で発売

されているCDがかなりの高評価を得ている。

元々歌唱力は群を抜いており、音域も広い。

なんでも「たばこ」を止めてから、2オクターブ音域が広がったらしい。

曲は70年代・80年代に大ヒットした曲が多く、我々世代にはこの上なく懐かしい。

客層も、その時代が青春真っ直中の方々で、落ち着いた雰囲気だった。

このカバー曲をメインに、会場をスナックに風に仕立て、

JuJuさんは、スナックの唄が好きな「ママ」を演じる。

かなりトークもおもしろい。

バンドのみなさんは、スナックのボーイ的な服装だ。

アンコールではママではなく、本来のJuJuさんに戻り、テンポの効いた持ち歌を連発。

あ~楽しかった!!

久々のLIVEを堪能でき、興奮しました。

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●ホームページ管理人交替のお知らせ

例年より半月ほど遅い降雪になった。

除雪機の点検と思われるエンジン音が近所から聞こえて来る。

なるべくなら多くの稼働にならなければ良いのだが・・・と願う。                    

 

いよいよ今年の最終月に入る。

振り返ると一年もアッという間に過ぎてしまって、もう年賀状作成の時期だ。

 

 

鳥海前ノ沢太鼓保存会のホームページも、開設から今年で満8年を経過しました。

これまで私管理人が何とか継続させて来られたのも、みなさんのご協力のお陰と、心より感謝申し上げます。

これまでのブログ内容を見ても、大した題材もなく、あらためて視野の狭さを感じているところであります。

これ以上、同一者が「記事」を書き続けるのは、さすがに限界を感じております。

つきましては、新たにこのホームページの「管理人」として、同じ前ノ沢町内より2名選出させていただきました。

今後も新管理人が、このホームページから様々な情報を発信してくれるものと確信しております。

どうぞこれまで以上のご協力とご指導を宜しくお願い申し上げます。

私も一端ここから離れますが、また折に触れて参加させていただきたいと思っております。

長い間おつきあいいただき、誠にありがとうございました。

ちょっと早いですが、来る新年が皆様にとりましてよい年となるよう、お祈りいたします。

どうぞ、良いお年をお迎え下さい。

本日が最後の管理人でした。

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☃老人たちのクリスマス

そろそろ天気予報に雪マークが出始めて来た。

いよいよ降雪も近いかも知れない。

雪国ならではの「備え」が色々必要だ。

「車」ひとつをとっても、スタッドレスタイヤ、冬用ワイパーなどを装着し雪対策するが、雪道の運転テクニックも「カギ」となる。

 

前回は少々恥ずかしい内容になってしまい、ブログ公開の後若干後悔した。

 

もう一ヶ月少々で今年2015年が終わるが、太鼓演奏活動は年々下火になっている。

正直、もうひと花は咲かせたいのだが・・・。

もうひと花とは、このチームで出来る新たな曲を作る事を意味する。

頭で考えた構想と、実際に演奏で聞く音がイメージと大きくかけ離れるなどは、よくある話で、少しは曲作りの多難さを理解しているつもりだ。

メンバーの年齢層、経験年数、技量などの考慮も重要なポイントになる。

そして何を「表現」したいか?が曲のテーマになる訳だが、

大方はその地域の自然(山・川・風景など)だったりする。

しかし「ドン」と「カッ」しか出ない太鼓で、山や川をどう表現するのか?

しかも、ただの山や川ではない。

「・・・山」、「・・・川」など名前がついている。

それはそれは難しいテーマとなるのである。

 

こうした場合、歌は有利だ。

「・・・山」、「・・・・川」と歌詞に入れれば歌詞を間違えない限り伝わる。

それはともかくとして自然の表現は厳しいので、ならば一体なんだ?

てな事を思うと、前に進まないのである。 

 

この季節どこへ行ってもクリスマスツリーが飾られて、クリスマスソングが流れている。

子供がいるとこうしたイベントも一気に盛り上がるが、年老いた両親と還暦にあと一歩と迫った夫婦だけの家族の場合、会話らしき会話もなく、「あっちが痛いの、こっちが痛いの」と全く盛り上がらない・・・・・・・・・・。

周りをうかがっても、こんな家庭が結構多いが、どんな感じなんでしょうかね。

せめてツリーでもと、とりあえず飾ってみた。

■写真はハロウィンは終わったが、我が家のかぼちゃと全く無関係なクリスマスツリー

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♥40年前にもあったスマホに替わるものとは・・・

11月後半に入ろうという所だが、穏やかさを感じる今日この頃である。               

 

スマートフォンの売れ行きが好調のようで、各パーツメーカーなどは右肩上がりの実績らしい。

残念ながら管理人はまだ昔ながらの携帯を使用中だ。残念と表現したが、今の自分にとってそれ程の必要性と価値観はない。

それにしても携帯電話がこれほどまでに普及し、その性能は静止画・動画・インターネット・TV電話等々、驚くべき進化を遂げている。

現実的な話、携帯がなかった頃はこれにかかる費用はゼロ円だった。

それが今はどうだろう?

一世帯4人家族としてもほぼ全員が持ち、

スマートフォンならば一ヶ月一人1万円近いのではないだろうか?

省みれば家計の支出、NO1になっている??かも知れない。                                       

それで何を得られるのだろう?

情報取得とコミニュケーション・・・?、当然仕事で使用している方も多い事と思う。         

 

さて、今回の話題は「携帯電話」ではない。

「文通」という今の若い人達には、何それ?的な事を書いてみたい。

我々世代の若い(中学・高校時代)頃は、この文通こそが見ず知らずの人と文章で会話ができる、今のスマートフォンのような存在だったかも知れない。

中学一年の頃同クラスの女子から、ある男性アイドル歌手のポスターとかあったら譲ってくれるよう頼まれた。

たまたまあったので、その子に渡した。

別にただそれだけの事だったが、半月ほど経ったある日、突然見知らぬ人から手紙が届いた。

住所は九州の福岡県で、女子名だった。

何事だろう?と恐る恐る開封し見てみた。

封筒といい、便せんといい、女の子らしいかわいいものだった。

内容は自己紹介と、アイドル歌手のポスターをもらった事へのお礼、そしてもし良かったら文通して欲しい・・・・だった。

何も知らなかった自分は、早速クラスの子に確認したら、そういう事なのだと知らされた。

相手の子は、自分と同じ年だった。

中学一年にしては、大人びた文章構成、きれいな文字、便せんの使い方など・・・・、どれをとっても文通にかなり慣れている人だと思った。

別に迷う事もなく自分も文通に興味もあったし、相手の女子にも興味があった(どんな子だろう?文章から判断して、かなり頭のいい子だと思った)ので、とりあえず自己紹介と、文通しましょうと、返信した。

それから何と!!!、この子との文通は10年近くも続く。

中学・高校・社会人になってからも・・。

楽しかったですね~。

話題は尽きなかった。月に3回はやりとりをしていたように思う。

学生の頃は、たわいのない話が多かったが、部活や互いの好きな子の事とか、本当に感じるままに何でも話したし、話してくれた。

進学・就職なども随分真剣に語り合ったものだった。

自分の場合、農家なので遠い所へは就職出来ない・・・、こんな内容に対し、両親家族思いの優しい人などと(イヤイヤ??照れくさいコト)言ってくれた。

そうこうしているうち高校3年くらいで、互いに引かれ合っている事に気づく・・・・。

それは男女としての好意で、あからさまではなく、そういうニュアンスの言葉で表現し合った。

一度写真を送ってもらった。

怒られるかも知れないが、字のきれいな子は、あまりかわいい子がいないなどとそんな噂が流行していた中、この子は可愛かった。その写真は今も持っている。

自分の写真も要求されたが、何がって??、恥ずかしくて送れなかった。

でも同クラスの子から色々聞いていたようで、悪くはない印象のようだった。

この同クラスの女子とは、3年位で文通をやめたらしい。

こうして互いに高卒で就職し、今度は職場の様々な話題に切り替わって行った。

 

 

社会人になってからは、一度は東京あたりで会いたいと何度も思った。だが勇気がなく、言い出せなかった。

そして彼女から伝えられて来る内容は、今でも超一流食品メーカーに就職した経緯もあって、長期休暇(ゴールデンウィークなど)で行った海外旅行の話題などが多くなった。

当時の海外旅行は、本当に凄い事である。

かたや自分は、ゴールデンウィークなどなかったし、週休2日制でもなかった。

まして海外旅行・・・・???。

夢のまた夢だった。

大きく違いすぎる環境に段々ついて行けなくなり、「所詮住む世界が違うのかな~」という思いが強くなって行った。

ついには、彼女からの手紙に返す言葉が見つからなくなり、返事できなくなってしまった。

それでも送られて来る手紙には、どうした?何かあった?と心配の内容で一杯だった。

さすがにそれには、何でもない・・、仕事が忙しくて・・と返事したが、それが彼女への最後の手紙となった。                                             

 

その後彼女から一方通行の手紙が何通か届いたが、

いよいよ最後となった手紙に、大きな衝撃を受けた。

内容は、自分の事を心配している・・・、何かあったのなら伝えて欲しい・・、何があっても返事を待っていると・・・・。

そして、便せんではなく封筒の差し出し人側(裏)に、いつもの住所ではなく彼女の名前と、

「これに乗ってあなたのところへ行きたい・・・」と書いてあった。

郵便配達人が見ようと思えば見られる箇所に堂々と・・。

おそらく、これまで出した返事のない手紙は私が見ていない!と察したのかも知れない。

私には思いもつかない箇所への記入と、その勇気!!。                     

 

自分がついて行けないと感じた「住む世界が違う」などの思いは明らかに「ねたみ」だ。

返事のない手紙にさえも手を差し延べてくれた彼女の「やさしい心」に、自分の最低レベルの人間性がキズをつけてしまった・・・・。

この結末にはとても後悔しているし、できる事なら謝りたいと思っている・・・。   

 

 

「文通」をしたのは、後にも先にも彼女一人だけだ。

それまで文章を書いたりするのはとても苦手だった。

圧倒的なハイレベルの文章構成や言葉の選択、表現力など・・・彼女からは多くを学ばせてもらった。

今でも下手くそな文章ではあるが、彼女との10年がそのレベルを上げてくれたと感謝している。

こうして書いている文面の節々にも、無意識のうちに彼女のテクニックが使われているのに今更ながら気づく・・・・。

 

ニュースや旅番組などで「福岡」の地名が出てくると、よく彼女を思い出す。

どこかで今も元気に幸せに暮らしていて欲しいと心から願っている。

10年で彼女から頂いた手紙は、段ボール箱一杯になるほどだ。

こんな自分のために書いてくれてありがとう!。

新鮮で甘くほろ苦い、グレープフルーツのような思い出である。

 

もし、あの時もう少し自分が大人だったらキズつける事もなかったかも知れない。

さらには、違った人生があったとしたら・・・・。

彼女が私と一緒に太鼓メンバーで、婦人会で踊りを踊っていたかも・・・。

なんちゃって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

誰にもこのような思い出は、ごく普通にあると思う。

もちろん私の女房にも、あなたの奥様にもheart(o^-^o)heart

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