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♯「管理人のミュージックトラベル」青年期後編

当HP管理人の、和太鼓を含めた「音楽性」についてご紹介しています。

前回の「青年期前編」からの続編です。

■和太鼓演奏との出会い

①こうしてバンド活動を続けながら仕事も好調な時期でした。直根神社祭典の長持ち奉納で道中太鼓を子供達がたたいていますが、これに使用する太鼓として、国のコミュニティー助成事業で、中太鼓2個と、締太鼓5個、袢纏が贈られて来ました。お祭り専用太鼓と思っていましたので、別段気に止める事もありませんでした。

②ところが、それからしばらく経って、当時の町内会長(故 真坂市郎氏)に呼び出され、「和太鼓」演奏をしてみないか?と言われました。何でも、どこかのイベントで見た太鼓演奏に感動したようで、是非我が町内でもせっかく貰った太鼓があるからやりたいとの事でした。なぜ私なのか?疑問だったので聞いて見ると、私が在学中、高校のブラスバンド定期演奏会を見に来てくれたようで、その中の演奏曲「八木節」で、私は大きな酒樽をたたきました。それが強烈な印象だったと話してくれました。

■和太鼓演奏の凄みに・・・・

①町内会長の話には特に返事をするでもなく、季節が過ぎて行きました。そんなある日、またしても突然、「和太鼓の講習会があるから、行ってみないか?」と・・・。積極的な行動と真剣な眼差しに根負けし、私を含む二人が参加する事で申し込みをしてもらいました。

②どういう内容なのかもわからず、とりあえず二人で男鹿で行われる一泊二日の講習会に参加しました。一日目は、オリエンテーションなどで、実際に太鼓を叩く時間は、2時間もなかったと思います。初心者コース、中級コース、などに分かれて講習が始まる前、先生方が模範演奏を行います。ここで初めて和太鼓が音楽となる瞬間を見ました。太鼓にも大小様々な大きさや、締め・胴などの種類があり、これらはまるで打楽器アンサンブルでした。女性の若い先生達がパワフルで、華麗な振り付けをしながら正確に刻まれるリズム・・・。唖然としましたね。

③しかし、まだこの段階では自分のパーカッション技術で乗り越えられると思っていました。衝撃的な模範演奏が頭に残る中、自分のコースへ行きました。最初は基本打法という事で、リズムパターンの反復練習です。初日はあまり時間もないので、課題曲の三分の一程度までしか進む事が出来ません。まだ2時間もたたいていないのに、握力はなくなり、手の皮は剥け、腕・肩は筋肉痛が走ります。ふと他の人達に目をやると、にこにこ楽しそうに話しをしていました。しかも、自分より遙かに年輩の女性さえも・・・。

④和太鼓をたたくという事は、相当な技術・体力が必要不可欠だと知りました。その日の夜は、交流会兼夕食でアルコール付きなのですが、コップはもちろん、盃さえもやっと持った位の厳しい状況でした。早い話が宴会なのですが、ステージでは各太鼓団体が楽しそうにそれぞれの持ち曲を演奏します。まさに和太鼓一色の世界でした。次の日もボロボロになりながら、何とか2日の講習を終え、疲れ果ててやっと帰って来た記憶があります。

⑤和太鼓演奏の素晴らしさ、厳しさを体験しました。町内会長には「相当の覚悟がないとやれないと思う」と伝えました。最初は老いも若きも男性だけの練習が始まり、案の定、一人欠け、二人欠け、残ったのは数人。やる気のある人だけ残ればいいと思っていたので、気落ちする事なく、翌年の講習会には3人で参加しました。講習会には、ビデオを持ち込んで撮影し、帰ってからみんなに見てもらいました。やはり、唖然とした表情で声も出ない程の衝撃を受けたようでした。

■鳥海前ノ沢太鼓保存会の結成

①和太鼓の魅力にはまっていく人が、少しづつ増えて行きました。平成5年、女子奏者が加わり、今思えば相当厳しい練習をしました。そして、初めてのステージが「結婚披露宴」でした。無我夢中とは、正にあの状態なのだと思います。しかしながら、大きな拍手と歓声が沸き起こりました。聞く人にも「感動」を与えられるなんて、和太鼓の計り知れない魅力と「力」を感じました。

②結局メンバー13人で私達保存会がスタートしました。当時13人全員が叩くだけの太鼓がありませんでしたが、「曲」もありませんでした。そこで、町内会長がとてつもない発言をします。「よし!、俺が太鼓を買ってやる、だからがんばれ!」と・・・・。太鼓がどれほど高価なのかは、知っていました。それを一個人が買うという無茶苦茶な話です。冗談だろうと思っていたのですが、そうではなく、会長の目は真剣そのものでした。ほどなくして、中太鼓5個、大太鼓2個が届きました。どう表現していいのかわからないのですが、「どこに出しても恥ずかしくない演奏が出来る団体を目指そう!!」と誓った瞬間でした。そして、全員がたたけるオリジナル曲作成に取りかかり、「烈風」が誕生しました。

③3年目の和太鼓講習会には、8人を引き連れて参加しました。また、翌平成6年に単独チャリティー公演を計画し、猛練習が始まった矢先、これほど情熱的に私達に「和太鼓」を勧め、完成を待ちわびたであろう会長がこの世を去りました。結局会長は完成した私達の曲を1度も聞いていないのです。練習に顔を出すことはありましたが、和太鼓衣装である袢纏でステージに立つ私達を見せる事は出来ませんでした。そして、誰よりも感動して欲しかったし、誉めてもらいたかった大切な存在を失ってしまいました。

④途方にくれながらも現会長(佐藤重典氏)の元、体制を整え初公演に臨みました。そして、国のコミュニティー助成事業で太鼓をいただいてから、平成22年で20周年を迎え、記念公演を盛大に終える事が出来ました。

⑤途中メンバー数人の入れ替えがありました。今後もどこまで続けて行けるのか?わかりませんが、ステージの大小に関わらず、「チーム全員全力で演奏する」をモットーにがんばって行きたいと思います。

以上で「青年期後編」を終了します。「そしていま・・・」につづきます。

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